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愛宕神社:愛と赦し
2011/12/03(Sat)
愛宕神社におまいりにいきました。
友人と二人、気楽なハイキング気分でいったのですが、意外ときつくて、往復5時間かかりました。
山登りといったほうがいいかもしれません。

途中では京都を一望できる場所もあり、とても気のいいところ。
山頂は少し寒いくらいでした。

三門から、しばらく歩き、広場の横をとおり、階段をあがったところに、本殿、拝殿がありました。
社殿のなかは、何ともいえない優しいエネルギーで満ち溢れています。

拝殿で参拝し始めると、何かが私の魂にふれ、涙が流れだしました。

何に感動しているののか、自分でもわからないのですが、
嗚咽に近いほど心がゆさぶられました。
一緒にいった友人はそんな私をそっとしておいてくれました。

家にかえってから、はっと気づいたのです。
私が感じたのは、赦しと愛のエネルギーだったことに。
女神様は、何時も私達を見守り、どんな未熟なことをしても、赦して、愛して下さっている。

それなのに自分はどうなのか?
自分には赦せていないことがたくさんあることに気づいた時、
またもや泣けて仕方ありませんでした。

無条件の赦しと愛。。。
それは、観音様からも、イエス様からも、つたわるもの。
つまり、仏教、キリスト教といった宗派、宗教を超えた、
普遍的ないのちの有りよう。

人間と言う衣をきた、私達の本質のなかにあるもの。
でもそれに気づかず、自分を人を傷つけてしまう未熟性。

その未熟性を理解し受け止め、それゆえおこる感情を味わい、
つらさをも慈しみ、手放し、前へ進むことが、赦しのように、今感じています。

慈悲とは、慈しみ悲しむと書きます。
未熟性や感情を受け止める時、わいてくるのは悲しみの感情。
そしてそれを慈しむ時、慈悲が慈愛になるのではないでしょうか。。。。

一歩一歩なんですね。。。。



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