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こころのヨガ(5)
2010/09/06(Mon)
9月にはいりました。
朝夕の風に、秋の香りを感じます。澄みきった空には薄い雲がたなびいています。

味覚の秋、芸術の秋、そしてヨガの秋!。
みなさんは、ヨガの実践で、体、呼吸、心が整っていくことを実感されておられることでしょう。
ヨガをして、姿勢がよくなった、すると楽に生きれるようになった
という体験をされたことはないでしょうか。

これは、体がゆるんだことで、心がゆるみ、本来の自分らしくなれたことを意味しています。
ですから、今日は、心と姿勢のお話しをしたいと思います。
姿勢には、その時の心のあり方だけでなく、それまでの人生の生き方があわれているのです。

ある60代の女性です。両親がなくなり6歳で養女にだされました。
養女とは名ばかりで働き手として家業の手伝いをさせられ、
満足に学校も行かせてもらえませんでした。

12歳で養母がなくなってからは、学校へは一度も行けなかったそうです。
養父は厳しく、ことあるごとに彼女をどなりつけていました。

彼女は実母が亡くなるときに残した
“お前のことをいつも見守っているから。”という言葉だけを頼りに生きてこられたそうです。

結婚後は、大家族と義父母の世話をし、3人の子供を育て上げたあと、
10年にわたるご主人の看病をされました。

がんばり屋さんで、弱音をはいたり愚痴をこぼすこともなかったのでしょう、
周りからはしっかり者と思われていたそうです。

しかし、ご主人をなくされる少し前から腰椎ヘルニアのため
背中と腰の痛みが始まりました。
ヘルニアの手術は成功したものの痛みはとれず、
ついに歩くことも困難な状態になってしまいました。

私がお会いしたときの彼女の姿勢は、良すぎるくらいに背中がそり、
背骨を支える筋肉やお尻の筋肉ががちがちに緊張していました。
そして足の筋肉は薄く支える力が衰えていました。

私には、その姿勢から彼女の生き方が痛いほど伝わってきました。

安全だと思えたことがなく常にがんばって生きてこられたこと、
自分を支えることができないほどの不安があること、
今までつらいといえなかったこと。

ところが、今まで誰にもいえなかった心のつかえとつらさを話された直後から、
筋肉がゆるみ、痛みも驚くほど軽くなったのです。

しかし、その後には、生きがいのないことに気づき、
これからどう生きていったらいいかわからない、こけないように気をつけて歩くだけとおっしゃいました。

また、亡くなられたご主人が枕元に笑顔で現れたことや、神仏への思いも語られました。
きっと、これからの人生の生き方をみつけられていかれるころには、
足の筋力もよくなっていることでしょう。

それまでの間、しばらく寄り添っていくのが私達の役目です。

姿勢には、たくさんの心や魂の物語、人生が凝縮されているのだと思います。
その物語に寄り添うことは、ヨガ実践を深めていくことに通じるような気がします。

「インナームーブ」2008年9月号 国際ヨガ協会・発行
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こころのヨガ(4)
2010/09/06(Mon)
体からのメッセージ~こころの声に耳を傾けよう~

けだるい暑さの中、セミの声をききながらスイカをほおばる、私の好きな夏がきました。

先日、みたらし祭を楽しむために夜の下鴨神社にいきました。
神社は糺の森という広い森に囲まれています。
その森で、セミがさなぎを破り、羽を広げていく様子に出会いました。

夜の闇のなか、からから出たばかりの一匹のセミが、
まだ白くぬれている羽を広げ乾かしていました。
そして、時間をかけて羽をかわかした後で、
透明になった羽をはばたかせ木々のほうへ旅立っていきました。

そのセミの様子は、私に何人もの患者さんを思い出させたのです。
心療内科の患者さんの中には、このセミのように
大きな変化を遂げられる方がたくさんいらっしゃいます。

ある30代の女性のお話をしましょう。

よき母、よき長男の妻として、あまりご自分の主張はせず、
夫に、お姑さんにあわせて生きてこられた方でした。

ところが、数年前からお隣さんとのトラブルにみまわれたのです。
お隣さんは、引っ越してこられて以来、よく日中大声でどなり、
大きな音で音楽やTVをかけられ、そのことで何度かお話ししたものの改善がないとのことでした。

うるさいのは日中だけ、自分だけが我慢すればいいと思うようになっていった頃から、
次第に、耳鳴りと片頭痛に悩まされるようになったそうです。
耳鼻科や脳外科でも異常ないといわれ、心療内科を受診されました。

お話しを伺うと、自分だけが我慢すればいいのだから、
症状だけがとれたらいいとおっしゃいました。

お薬で体の症状が少し落ち着いてくると、
悪いように考えて眠れない、自分なんかいないほうがいいと涙され、
いわゆるうつ状態が表面にでてきました。

これは、症状が緩和され体の余裕が出たときに、
本当の心のつらさがでてきたサインなのです。

お薬で気持ちを持ち上げながら、何が本当につらかったのかを一緒にみていきました。
すると、その方は自分の生き方を振り返られ、周りのことばかり考え、
自分の気持ちをおさえてきたことに初めて気づかれたのです。

問題はお隣さんでも、お姑さんでも、ご主人でもなく、自分を大切にしていなかったこと
、どうにもならないと思い込みひとりで抱えすぎていたことに気づかれたのです。

そのうち、“いいたいことは伝え、Noということも時には必要。
自分らしくいきることが大切。”と話されました。

そういわれた頃から、うつ症状、耳鳴り、片頭痛はみるみる回復し、
“これからは自分らしく生きたい。そうできると思う。”と笑顔でおっしゃり、
通院はおしまいになりました。

初診時の落ち込んだ顔や、涙の顔とはうって変わって、最後の笑顔はかがやくようでした。

心療内科で取り組んでいるのは、病を治すことだけではありません。
患者さんが、病を通して、体と心の結びつきや自分自身への気づきをえ、健康を創造し、
自分らしい幸福な人生をおくれるよう、スピリチュアルな面への配慮も含む医療を目指しています。

つまり、病を通して患者さん自身の成長や幸福のサポートすることを理想としているのです。
ですから、幼虫がさなぎになり、そして成虫になるかのような、
患者さんの大きな変容に寄り添うことができる時、心療内科医としての深い喜びがあります。

そして、患者さんと出会えたことに感謝し、
ちょっぴり寂しい気持ちを抱きながら、今日も患者さんの旅立ちを見送っています。

「インナームーブ」2008年8月号より 国際ヨガ協会・発行
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こころのヨガ(3)
2010/09/06(Mon)
目が語るメッセージ

たかい空に夏の雲がぽっかり浮かんでいます。
京都ではコンコンチキチンという祇園祭のお囃子が聴かれる季節となりました。

私は、毎年この時期に、アメリカのエネルギー医学会に参加するため
コロラド州のボールダーにいっております。

4回目の参加となった今年も、懐かしい友人達との再会と
新しい友人達との出会い、たくさんの気づきをいただいて、
あたたかい気持ちになって帰ってきました。

この学会で、2年前に“眼が語るメッセージ”という講演ワークショップを行いました。
たくさんの眼の写真を示しながら、瞑想や眼をつかった癒しのテクニックなどを実践し、
参加された方たちには、眼からのメッセージを十分感じとっていただくことができました。

このことは、文化を超えて万国共通なのだという思いを強くしましたので、
今回はそのお話をしたいと思います。

ご存知の通り、眼はものを見るところですが、
実は、たくさんのあなたの情報をアウトプットしている場所でもあるのです。

つまり、眼は外からの情報を取り入れるだけでなく、
逆にあなたの内面からのメッセージを伝えているのです。

私達の外見は、洋服やお化粧などで演出したり変化させたりすることができます。
表情ですら意識的につくることができるのです。

でも、眼の表情はどうでしょうか?
決して意識してつくることができない、変えることができないのが眼の表情なのです。
ですから、眼の表情にはあなたの本当の姿が表れているといっても言い過ぎではないのです。

たとえば、元気がなかったり、睡眠不足の場合、
眼がトロントしていたり、細くなったりしていませんか?
これは、肉体的なエネルギーが低下していることを表しています。

うれしいとき、悲しいとき、顔でどんなに平静を装っていても、
眼からその感情があふれています。

それから、眼にはあなたのスピリチュアルな意識の状態も現れています。
それは、眼のかがやきとそのかがやきの深さからわかります。

世界の精神的な真の指導者、聖者といわれる人の眼をみると明らかなのですが、
そういった人たちの眼からは、全てを見通すような深い眼の表情と、
慈愛の光のようなものがあふれ出ているような感じを強くうけます。

こんなことを思いながら、あなたの周囲の人を見てみると、
今までとは違った面が感じられるのではないでしょうか。
言葉にならない心の表情を感じ取れるかもしれません。

では、あなたの眼はどうでしょうか?
写真にうつった眼だけをみてもいいでしょうし、
鏡に顔を映し、眼だけをじっと見つめてもいいかもしれません。

どんなことを感じるでしょうか?
そして、その眼にうつった自分に語りかけてみてください。
眼は何をあなたに伝えようとしているでしょうか?

そして、あなたからの感謝を、眼にうつるあなた自身に伝えてみてください。
その時、あなたの心の琴線に何かがふれることでしょう。

「インナームーブ」2008年7月号より  国際ヨガ協会・発行
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こころのヨガ(2)
2010/09/06(Mon)
体からのメッセージ ~ こころの声に耳をかたむけよう~

新緑が美しい季節になりました。
冬の間、茶色くなっていた山肌は、あっという間にうす緑から鮮やかな緑にかわりました。
そして、町中の空気にさえ緑の香りが漂っています。

自然のいのちの営みってすばらしいですね。

先日、職場の懇親旅行で京都近郊の温泉に行ったときのことです。
実は、私は、旅行の2日前からお腹の調子を崩していました。
何も食べることができず、何が原因かもはっきりせず、
旅行は無理かなと思ったものの、ともかく参加しました。

宿泊先にはいくつかのお風呂がありました。
まず、森の中にいるような、木々や岩でかこまれた露天風呂に入りました。

ゆっくりした時間を味わいながら、体がほぐれていくのを感じていました。
体がほぐれてくると、こころもほぐれ、いろんな思いが浮かび上がってきます。

“…そうか、実はあのことをこんなに気にしてたんだ。
本当はつらくって、泣きたい気持ちだったんだ。
なのに気持ちを抑えていたから、かわりに体がサインをだしてくれたんだ…”

自分の本当の気持ちに気づいたのです。
そして、涙とともにこころを十分感じ、受け止め、いたわってあげました。
すると2日ぶりに食事をとることができ、翌日にはすっかりよくなっていました。

私達の体とこころは互いに影響しあっており、切り離して考えることはできません。
まるで、自転車の前輪と後輪のように、2つが一緒になってはたらいているのです。
このことは医学的にも説明できます。

脳のなかにある体のコントロールセンター(視床下部)は、
こころのコントロールセンター(辺縁系)からの指令を受けているのです。

逆に、体のセンターの変化はこころのセンターにすぐさま伝わります。
このようなこころと体の働きは、古くから
“心身一如(しんしんいちにょ)”と言われてきました。

現代社会でみられる体の不調は、多くの場合、
こころの緊張感や不安が原因といっても過言ではありません。
そして、体は、私達が日ごろ意識していないこころの問題を教えてくれる、
大切なメッセンジャーなのです。

もし、あなたが、体に不調を感じておられるのなら、
体のどこに、どんな変化があるのか、観察してみてください。

そして、あれこれ考えるのはやめて、体が何を自分に伝えようとしているのか、
こころの耳を傾けてみてください。すぐにはわからないかもしれません。

本当の気持ちに気づくのはつらいかもしれません。
でも、そのメッセージを感じることができたとき、病はもう必要なくなります。

前輪と後輪がチェーンでつながってこそ、自転車はなめらかに動くのです。
そのように、メッセージによって結ばれたこころと体が、
あなたのいのちをなめらかに運んでゆくのです。

「インナームーブ」2008年6月号より  国際ヨガ協会・発行
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こころのヨガ(1)
2010/09/06(Mon)
このコーナーでは、私が毎月連載しているエッセーをご紹介したいと思います。

私とヨガとの出会い  

今回から“こころのヨガ”の連載を担当させていただくこととなりました。
よろしくお願い申し上げます。

みなさん、本当にヨガっていいですよね。
ヨガをすることで、体も心も魂も、ずべてが心地よくなって、
なんだか本当の自分でいられるような感じになります。

ヨガにまつわる“こころ”のお話しをこれから連載させいただきますが、
今回はまず、私とヨガとの出会いについてお話したいと思います。

私とヨガとの出会いは、私が小学生の時にさかのぼります。
近視になってメガネをかけるのが嫌だなー、と思っていたときに
“目がよくなるヨガ”という本を見つけ、自宅でこっそり練習したものでした。

その本には、アサナ(体のポーズ)だけでなく、食事のこと、
瞑想のことなどがかかれていました。小学生の私は、
“どうもヨガは、体と心と魂にはたらきかかけるすごいものらしい!”
と感じていました。おませですね。

小学生の自己流の練習ですから近視は良くならなりませんでした。
でも、大人になったらちゃんと体験したいと思っていました。

その後は、ヨガのことは頭の隅に追いやられていましたが、
今から15年前、突如、何か自分の体と心を良いことをしたい、
大切にすることをやってみたいという気持ちが強まったのです。

当時はやっていたエアロビクスやジャズダンスなど
いろんな教室をのぞいてみたもののどうも違う。

これだ!と思ったのがヨガでした。
いくつかのヨガ教室をのぞいて、働いていた職場近くにいい教室を見つけました。

ハタヨガ、シャバアサナ、最後に瞑想した後は、
本当に心も体もすっきりしたことを今も覚えています。
また、クラスのあと、皆さんとのおしゃべりや、お茶も私の心を和ませてくれました。

ところが、1年ほどたって転勤となり、仕事が忙しくなったため
ヨガとのつながりはいったんなくなってしまいました。

けれどもご縁はどこにあるかわかりませんね。
9年前にオーストラリアに留学したとき、ある友人がヨガを私にすすめてくれたのです。
頼みもしないのに彼女が私に貸してくれた本の著者は、
私が小学生のとき読んだ本と同じ方でした。

そういうわけで、これはヨガをちゃんとやる時期がきたのだと直感したのです。
週3回ほど教室に通い、自宅でも、ハタヨガから、プラナヤマ(呼吸法)、瞑想と
毎日のように練習していました。

オーストラリア、ついでニュージーランドに留学した4年半は、
私にとって命の洗濯そのものでしたが、その中でヨガは大きな役割を果たしていました。

小学生のときの思いが、こんな形で実現していくなんて、
心の働きって不思議ですね。

次回以降は、体と心のむすびつきや、心とヨガにまつわるお話しなど、
いろいろな話題を取り上げていきたいと思います。

「インナームーブ」2008年5月号より  国際ヨガ協会・発行
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